2008年05月14日

『ブレイブ・ワン』を観る(2007/11/14)

【あらすじ】
 ニューヨーク。エリカ・ベイン(ジョディ・フォスター)にとって、そこはくつろげる家、そして職場がある街。ラジオ番組「ストリート・ウォーク」のパーソナリティーとして、彼女はこの大好きな街の音と、そこにある物語をリスナーに伝える。夜になれば家に帰り、愛する婚約者デイビッド・キルマーニと過ごす。
だが、ある恐ろしい夜を境に、エリカはすべての愛するものを奪われてしまう。ふたりは暴漢に襲われ、デイビッドは命を落とし、彼女自身もひどいけがを負う。

 肉体の傷は癒えても、心の傷は深く、深く残る。デイビッドを失ったことの打撃よりもさらに克服し難いのは、彼女の脳裏につきまとって離れない恐怖だった。
かつて歩き回ることが楽しくてならなかったニューヨークの通りや、かつては隅々まで知り尽くし、彼女を温かく迎えてくれた場所でさえ、今ではよそよそしく、危険に感じられる。
そしてその恐怖感がついに限度まで達すると、エリカは運命的ともいえる決断をし、自衛のために武装する。銃という形のあるものを手にすることにより、姿の見えない敵から自分を守ることができる……少なくとも彼女はそう考えたのだ。

 彼女が初めて人を撃ったとき、それは殺すか、殺されるかという状況だった。
二度目も自衛手段……あるいは、彼女はあえて危険な場所から出ない選択をしたのだろうか? 彼女を一度、完全に無力な状態にした恐怖が、今度は何か別のものに変化していた。あの夜、奪われた人生をなんとしても取り戻したいと彼女を駆り立てる何か、彼女自身でさえその正体がわからない何かに。

 “正体不明の自警主義者”が引き起こす事件が市民の関心を集めるなか、ニューヨーク市警の刑事ショーン・マーサー(テレンス・ハワード)は必ず犯人を突き止めると心に誓う。そして手がかりを一つひとつつなぎ合わせていくと、犯人は当初考えられたような武装した男ではなく、復讐心に燃えた女ではないかと思えてくる。

 マーサーの捜査の手が迫り、良心との葛藤にも苦しむエリカは自ら見極めなければならないときが来た。何らかの正義を求める自分の行為は、たとえ復讐であっても、ほんとうに正しい道なのか、それとも自分が追い詰めようとしているものに自分自身がなってしまったのか……。
(オフィシャルサイトはこちら

【監督】ニール・ジョーダン
【出演】ジョディ・フォスター テレンス・ハワード ナビーン・アンドリュース
    ニッキー・カット メアリー・スティーンバージェン

【評点】70点
 この作品の情報や予告編を見たり聞いたりした方は、「恋人を殺された女性の復讐譚」と思うでしょう。
しかし、実際に作品を観ると復讐譚の体裁をとっているものの、それは上辺だけの話です。

 では、実のところはどうなのか?

 私は「人間の持つ暴力性が、あるきっかけで露呈する過程」を描いた作品だと思います。

 主人公は恋人を理不尽に殺され、自らも激しい暴行を受けます。事件で受けた心の傷も癒えないまま、事件の恐怖心から拳銃を手にします。

 そこから、最初の発砲が起こり、それがきっかけとなって、自らの暴力性が徐々に明らかになっていく様が冷徹とも言える視点で描いています。

 主人公は自らの暴力性に薄々気付きながらも、独善的な言い訳で自らを正当化しようとします。殺人犯の心理というのは、こんなのかも知れないと、ふと思いました。
 こんな難しい心理の移り変わりを演じるジョディ・フォスターは、やはり凄いです。

 ただ、復讐譚の体裁を取っているが故、観る側をミスリードしている感があります。
こういったメッセージ色の強い作品にそういった仕掛けが必要なのか疑問が残ります。

 とは言うものの、人の心に潜む暴力性について、いろいろと考えさせられるという点で一見の価値はあると思います。
(派生で死刑制度とか他の事も考えるしね)
posted by TARGET at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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