2006年11月26日

『麦の穂を揺らす風』を観る(11/25)

【あらすじ】
アイルランド、1920年。長きにわたるイギリスの支配のもとで、アイルランドの人々の暮しは苦しいものだった。富と繁栄は、イギリス人の支配階級や、イギリスに協力的な一部のアイルランドの富裕層に限られていた。飢饉、立ち退き、貧困が市井の人々の宿命だった。彼らはアイルランド独自の言葉(ゲール語)を話すことを禁じられ、ハーリングなど独自のスポーツを楽しむことさえ禁じられていた。そんな中、アイルランド独立を求める人々の叫びは大きくなるが、その動きを封じようとイギリスから冷酷な武装警察隊“ブラック・アンド・タンズ”が送り込まれた……。

1920年、アイルランド南部の町、コーク。
医師を志す青年デミアンは、ロンドンの病院での仕事が決まり、アイルランドを離れようとしている。故郷を離れる前に、デミアンは友人たちとハーリングを楽しむ。ゲームが終わり、デミアンは別れの挨拶のためぺギー一家を訪れた。するとそこへブラック・アンド・タンズがあらわれる。デミアンたちがハーリングをやったことを咎め、厳しく侮辱的な尋問を始めたのだ。若者たちの中、ぺギーの孫で17歳になるミホールは、“マイケル”という英語名を名乗ろうとせず、アイルランド名を言ったばかりに、ブラック・アンド・タンズの暴行を受け、殺されてしまう。

ミホールの葬儀の日。村の女性が、「麦の穂をゆらす風」を歌って若者の死を悼んだ。イギリスへの抵抗、そしてアイルランド独立のために、若者たちは武器をとって戦うことを話し合う。かつて神学校に行っていたデミアンの兄テディは、そんな若者たちのリーダー的な存在。しかしデミアンは、イギリス軍の強大な武力の前に何ができるのかと疑問を投げかける。

デミアンがロンドンへ出発する日。駅で見た光景が、彼の気持ちを変える。
イギリス兵士を列車に乗せることを、駅員、運転士、車掌が拒否。彼らは兵士に手酷い暴力を受けるが、断固として態度を変えず、兵士たちに乗車をあきらめさせたのだ。
デミアンは、医師になる道を捨て、兄テディとともにアイルランド独立をめざす戦いに身を投じることを心に決める……。
(オフィシャルHPはこちら

【監督】ケン・ローチ
【脚本】ポール・ラヴァティ
【出演】キリアン・マーフィー ポードリック・ディレーニー 
    リーアム・カニンガム オーラ・フィッツジェラルド

【評点】80点

 この作品に対して「感動」という言葉は似合わない。

 イギリスのアイリッシュに対する弾圧からこの作品は始まる。凄惨なシーンは少ないものの、その弾圧がいかに非道で理不尽なものかは想像に難くない。
 やがて主人公は兄とともに独立闘争に身を投じる。当然な事ながら、イギリスの弾圧は苛烈になり、「あるきっかけ」で主人公達は捕らえられるが、処刑直前に脱出する。その後「あるきっかけ」を清算するのだが、ここで私達は最初の不条理を見る。しかし、それはこの後に起こる事の序章に過ぎなかったのだ。
 話が進むにつれて主人公達兄弟は「現実主義者」と「理想主義者」という別々の道を歩む事になる。それが決定的になるのはイギリスとの講和条約締結の時。『アイルランドの完全独立』という理想には程遠い条約だが、兄は受け入れる事を選び、弟は反発した。
 そして、「現実主義者」と「理想主義者」との間に作品冒頭の構図が再現されるという不条理。ラストシーンでその不条理は鋭いナイフとなって観ている者の心をえぐるのである。

 物語としては悪く言えば平板とも言えるくらい、淡々と進んで行く。
 しかし、登場人物達の真剣さ、ひたむきさが、心を捉えて離さない。それが主役に限らず、エキストラとも言える様な人までそうなのだから凄い。これが演出、演技というものかと感心する。

 ラスト、弟の恋人が兄に向かって「あるきっかけ」を清算する時に発せられた言葉と同じ言葉を叩きつける。その言葉こそ、この作品を象徴するものだと私は思う。その言葉が何なのかは実際に作品を観て確かめて欲しい。

では、なぜ「『感動』という言葉は似合わない」のか?
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2006年07月24日

『ローズ・イン・タイドランド』を観る(7/22・暫定版)

【監督】テリー・ギリアム
【出演】ジョデル・フェルランド ジャネット・マクティア
    ブレンダン・フレッチャー
(オフィシャルHPはこちら

【評点】35点
 映画の出来云々はともかく、私にとってこの作品は生理的にダメ。
 なにしろ、フシギ系な主人公の少女に対して嫌悪感しか持てないのですから。パンフでは「天使の心を持った少女」と書いてあるけれど、私の印象は「無垢かもしれないが(無垢が故の)悪魔」という感じ。時折垣間見せる『女』の部分が嫌悪感に拍車をかけます。観ていて、こんなに悪い意味でストレスというか苛立ちを感じる作品は久しぶりです。

 テリー・ギリアムの世界観は好きだった筈なのですが、作る側も観る側も年を取ったという事なのかなぁ。

【今回の教訓】
タグ:映画
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2006年06月26日

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』を観る(5/20)

【あらすじ】
 "私の愛する夫、私の愛する家族・・・。あなたは私の最高の人。"

 アメリカ、インディアナ州の小さな町の田舎町で、トム・ストール(ヴィゴ・モーテンセン)と弁護士の妻エディ(マリア・ベロ)は、2人の子供たちと一緒に幸せで静かな生活を送っていた。夫は"STALL'S DINER"という自身のお店を経営し、妻ともいまだに仲むつまじく、愛に満ちた幸せな暮らしであった。だが、ある夜、夫のダイナーが二人組の強盗に襲われることからすべては始まった。閉店間際に店に入ってきた男二人は、閉店を伝えるトムに対して強い口調で注文し、銃を突きつけた。危険を察知したトムは強盗の一瞬の隙をついて銃を奪い取り、起死回生の正当防衛で、店の客や友人たちを救うのだった。

"幸せに静かに暮らしていたはずだった。夫がヒーローになる前は・・・"

 人々を救い、ヒーローとして歓迎されたトムの生活は一夜にして変わり、国内のメディアの注目を浴びてしまう。その騒ぎに居心地の悪さを感じるトムだったが、妻や家族は彼のとった行動を誇りに思っていた。そして、またいつも通りの家族の静かな生活に戻るはずだった。
 数日後、ニュースの影響で大繁盛の店に、威圧的な男たちが現れた。その一人、目がえぐれたフォガティ(エド・ハリス)は、昔の知人であるかのように夫に話しかけ始めた。トムのことをジョーイと呼んで・・・。

"夫はあなたのことなんか知らない、家族に近寄らないで"

 夫は否定し、フォガティを店から追い返したが、夫の過去を知ると言う突然の謎めいた訪問者の出現で、不安にかられる妻エディ。その日から、男たちは家族に執拗に付きまとい始めた。家族に迫る脅威に怯えるエディはフォガティに家族から離れるように言うが、夫の過去を知っていると繰り返すフォガティは彼女に言い放つ。"オレは奴を知っている。なぜ、あんなにも人を殺すのがうまいのか、ジョーイに聞いてみろ"。

"お願い、真実を話して・・・"

 心から夫を愛し、信頼はしているものの、信頼と不安の間で揺れ始める妻。ついに家族に危険が迫ったとき、愛と信頼に満ちた幸せな暮らしが、徐々に壊れ始めていく・・・。幸福と暴力が対立し、妻の愛は究極の選択を迫られていく・・・。

"あなたは私が愛したトムではないの? あなたは本当に今まで何人もの人を殺してきたの?"
(オフィシャルHPはこちら

【監督】デヴィット・クローネンバーグ
【出演】ヴィゴ・モーテンセン マリア・ベロ
    ウィリアム・ハート エド・ハリス

【感想】
 小さいながらも幸福な家族を襲う過去のしがらみ。しかも、その過去を当人以外は誰も知らないという事実が家族の間の信頼関係を崩していく。その過程を簡潔でありながらも丁寧に描いていると感じました。

 主人公のトムは過去からの脅威から家族を守るべく暴力を振るうのですが、そのシーンがあまりにもスマートに描写されます。まるでそこの部分だけ過去に戻った様に。そこには葛藤というものの入り込む余地がなく、「本当に家族を守るのが目的なのか?」という疑念を観る側に抱かせます。彼の息子が暴力を振るうシーンでは彼の苦悩を感じる事ができ、対照的である事もその疑念に拍車をかけています。

 当然、その事は家族も感じていて家族の間にしこりが出来てしまいます。結局、トムは過去を清算する為にまた暴力を振るいます。まるでそれしか選択肢がないかの様に。それは未だにトムが過去のしがらみから逃れる事が出来ない事を如実に表しています。まさに『暴力の系譜』といったところでしょうか。

 「過去からの使者」役のエド・ハリスの静かだか凄みのある演技が全体的に地味なトーンのこの作品に緊張感を与えています。

 そしてラストシーン。過去を清算する事で家族の関係が修復できたのかどうか。それは観る人それぞれが感じる事だと思いますが、私は修復は出来ていないと感じました。

 今度は彼の家族が過去のしがらみに囚われるのですから。

【評点】70点
 佳作であるとは思いますが、クローネンバーグの作品として観ると何か物足りない感があります。彼も変わったのかなぁ。

 あと、彼の息子が学校で暴力を振るうシーンがあるのですが、普段はおとなしい息子が突然容赦ない暴力を振るう。このシーンを観て、どんな人間でも暴力の衝動というものは必ずあるという事を再確認しました。ひょっとしたら『暴力の系譜』は人間そのものなのかもしれません。
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2006年06月03日

『寝ずの番』を観る(5/7)

【あらすじ】
 上方落語界の重鎮・笑満亭橋鶴―今まさに、臨終のとき。
弟子たちが見守る中、一番弟子の橋次が言った。

「師匠、何か心残りはありませんか?最期に、これはやっておきたかったということはありませんか?」
橋鶴の口がもごもごと動いた。

「そ、そ○が見たい…」

「!」「!!」「!!!」

皆が呆気に取られる中、橋次は弟弟子の橋太に言った。

「お前、ちょっと家へ帰って、嫁さんを説得してこい」

 師匠の最後の願いを叶えるため、家へ帰り、嫁の茂子と対峙する橋太。キップはいいが、気に食わないと口より手や足や物が飛ぶといった気の強い茂子。

 「でも、それやったらどうして、志津子ねえさん(橋鶴の奥さん)のを見せてあげへんのよ?」
 「志津子ねえさん?あの人ははっきり言ってばばあやぞ。BABA(ビーエービーエー)ばばあやぞ。師匠かて、いまわの際にそんな婆さんのもの見たくないに決まってるやないか。 お前みたいな美人のおそ○が見たいのは当たり前やろ!お前みたいな美人のおそ○ やないと、あかんのや!」

この言葉にくらっと来た嫁の茂子は、ポンと胸を叩いて言った。

 「わかったわ。あたしかてこう見えて咄家の女房よ。師匠のご臨終に恥ずかしいもへたたもないわ。見せましょう、こんなおそ○で良かったら」

茂子の到着と入れ替わりに、病室を出て行く弟子たち。
その場には橋太、そしてなぜか橋次が残った。
 「ほな師匠、いきますよ」
というなり、橋鶴のベッドに上がって、相撲取りのように股を割る茂子。
そのまま、橋鶴の顔の辺りまでにじり寄る。
師匠の目は、茂子の股間にじっと注がれていた。

役目を終えて、ベッドから下りる茂子。
橋次が、師匠の耳元で囁いた。

「どうでした、師匠、そ○をお見せしましたが」
すると橋鶴は、今にも泣きそうな顔で、弱々しく首を振った。

「……アホウ!そ○やない。そ○が見たいというたんや……」
「……そ○……!」

その3分後に、師匠は亡くなった。

公式ブログより抜粋)

【原作】中島らも
【監督】マキノ雅彦
【出演】中井貴一 岸部一徳 笹野高史 木下ほうか
    木村佳乃 長門裕行 富司純子 堺正章

【感想】
 率直な感想を言うと、楽しかったという言葉がぴったりきます。
 でも、面白いか? と聞かれると「う〜ん・・・」と言ってしまいそう。

 正直、演出はそんなには上手くありません。各エピソードの繋ぎが稚拙で結果、エピソードの羅列になってしまって、どうしても物語に没入できないし、故人の過去を偲ぶので回想シーンが多いのは仕方ないとしても、その繋ぎも良くない。

 それでも、「楽しかった」と言えるのは私が大阪人で、普段から上方落語家の人達をよく見ているからだからなのでしょうね。

 だって、

 実際にやりそうなんやもん。

 妙にリアリティがあるんで、つい微笑ましくなってしまったというところでしょうか。
(特に『らくだ』のくだりは絶対やった奴おるで

 あと、中井貴一は上手いよなぁ。この人に飄々とした役をやらせたらピカイチですね。役所とはものが違うね。

【評点】70点
 おもいっきりローカルな作品だと思います。これが全国でヒットしたのが不思議なくらい。正直、

東京もんには絶対にわからへんて。

 あと、「粋な作品」とか言ってる奴は、なにも解ってへんドアホです。むしろ「酔狂な作品」、これですわ。

【おまけ】
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2006年05月28日

『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を観る(5/1)

【あらすじ】
 アメリカ、テキサス州。メキシコ人カウボーイ、メルキアデス・エストラーダの遺体が発見される。その遺体を呆然と見つめるピート・パーキンズ。2人は年齢を超えた友情で結ばれていた。ピートはエストラーダが生前話していた事を思い出す。

 「もし俺が死んだら、故郷ヒメネスに埋めてくれ」

 警察が不法入国者の殺人事件に本腰を入れる筈もなく、代わりにエストラーダを殺した犯人を捜すピート。そんな彼の耳に若い国境警備隊員のマイク・ノートンがエストラーダ殺しの犯人だという話が入ってくる。マイクを逮捕してくれというピートの声を無視する警察に業を煮やしたピートは、マイクを拉致し、共同墓地に埋葬されているエストラーダを掘り起こさせる。

 そして、死体、死体の友人、その死体の殺人犯のヒメネスへの旅が始まる・・・。
(オフィシャルHPはこちら

【監督・主演】トミー・リー・ジョーンズ
【出演】バリー・ペッパー フリオ・セサール・セディージョ

【感想】
 どうも、私はロードムービーの良さが解らない人間らしい。
 
 個々のエピソードは良いものがあると思う。ピートとエストラーダの揺ぎ無い友情(例え、それがピートの思い込みであっても)、旅の果てに構築されるピートとマイクの不思議な関係、国境付近の盲目の老人の話等々。ただ、そのエピソード同士を繋ぐ旅のシーンが退屈に感じてしまうのだ。

 あと、トミー・リー・ジョーンズ演じるピートの行動に感情移入ができない。端的に言うと

 「そこまでやらんでもええやん。」

 ここが最後までわだかまりになってしまった様に思う。
 ラストもちょっとした奇跡という演出なのかもしれないが、なんだかなぁという感じがして納得できませんでした。
 思うに、所々に見える「おとぎ話的演出」が私の肌にあわなかったのかなぁ。

【評点】45点
 いい話ではあります。あとは好みの問題かと。
 好きな人にはたまらない作品なんだろうな。
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2006年05月19日

『トム・ヤム・クン』を観る(4/29)

【あらすじ】
 『マッハ!!!!!!!』の仏像が象に変わったと思いねえ。
 (公式HPはこちら

【監督】プラッチャヤー・ピンゲーオ
【出演】トニー・ジャー

【感想】
 ミハイル暁、鋼鉄サンボ両氏と観に行きました。
 作品が始まってすぐ思った事は

 「金掛かってるなぁ・・・・、無駄に」

 まぁ、一番見せたいアクションの部分は、あんまり金を掛けようがないんだけどね。ガチな肉弾戦だし。

 で、肝心のアクションシーンですが、『マッハ!!!!!!!』とはかなり趣きが違う印象を受けました。ポリシーは変わっていないのですが、『マッハ!!!!!!!』は街中のチェイスシーンの凄さが印象に残る作品に対し、『トム・ヤム・クン』は格闘シーンがメイン、というよりほとんど、それだけ

 では、面白くないか?

  とんでもない!

 それぞれの格闘シーン、アクションシーンの見せ方が格段に上手いのです。見どころは

 ・「ここは住之江か?」と錯覚するボートのチェイスシーン
 ・映画が元の往年のTVゲーム『スパルタンX』を彷彿とさせる
  雑魚をなぎ倒しながら4階まで突き進むトニー・ジャー
  (約4分あるこのシーン、ワンカメラ・ワンシーンの長回し!)
 ・寺院でのカポエラ使いのとの格闘
  (火と水を駆使して幻想的!)
 ・49人関節極め
  (雑魚相手でも容赦ないぞ、トニー・ジャー!
   今年の「痛い映画bP」は決定だ!)
 ・ラスボスに見舞う必殺の一撃
  (EDのNGシーンを見るまで信じられない様なシーンだったよ)

 とまぁ、アクションは、素晴らしいの一言でございます。ただ、ストーリーはねぇ・・・

 でも、見終わった時には忘れているから、いっか

【評点】80点
 『マッハ!!!!!!!』にハマッた人なら絶対お勧めです。もう上映は終わるところもあるけど、ライブ感を味わうなら是非映画館で。

【おまけ】
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2006年05月05日

『ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女』を観る(4/23)

【あらすじ】
 第二次世界大戦下のロンドン。ベンジー家の4人兄妹は、疎開のため、田舎の古い屋敷に預けられる。長兄のピーター、長女スーザン、次男のエドマンド、そして、無邪気な末っ子のルーシーは、屋敷の中で静かにするように、と女執事に厳しく言われる。しかし、遊び盛りの4人は、言いつけを破り、怖い執事に見つからないように、屋敷中に隠れる。末っ子のルーシーが隠れた部屋には、衣装ダンスがあった。扉を開けるルーシー。すると、そこは一面に雪が降り積もる森だった。衣装ダンスは、別の世界への入り口だったのだ。
(goo映画より引用 オフィシャルHPはこちら

【監督】アンドリュー・アダムソン
【出演】ジョージ・ヘンリー スキャンダー・ケインズ
    ウィリアム・モーズリー アナ・ポップルウェル
    ティルダ・スウィントン

【感想】
 率直に言ってしまうと、

   子供だまし

 な作品でした。
 
 登場人物の描写、特に心情描写が表面的。物語冒頭では弟が(英国的に)反抗的で兄弟の中で浮いた存在になっているのが、やがて兄弟協力しあう展開なのですが、そこに至る過程の心理描写が全然ダメで、あれでは兄弟が本当に理解しあって協力しているのか、打算が働いてそうなっているのか私には解りませんでした。物語前半で何故弟がそういう風になってしまったのか伏線を張っているのに、それを全く生かしていない所をみるとそういう心理描写は大半がカットされたのではないでしょうか?
(誰にカットさせられたかは言わぬが花ですが)

 また、最後の合戦描写も時代遅れもいいところ。戦術もなければ、ヒロイックでもない。例えるならば、源平の合戦で武将の名乗りあげ(「やぁやぁ我こそは〜」というあれ)が無くて、いきなり乱戦に入ったって感じでしょうか。これでは面白みもなんともないです。

 映像は綺麗でしたよ。でもそれだけの作品ですよ。それなりのテーマはあるのでしょうが、描写に深みがない為に全てが嘘くさく感じてしまう、「子供の理解できない事は描写しない」という製作会社のディズニーの悪い癖が出た作品ではないでしょうか。

【評点】30点
 比べるなと言われてもやはり『指輪』と比べてしまいます。後発なのだから比べられるのを踏まえないと、こういう駄作が生まれるのですね。
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2006年04月22日

『SPIRIT』を観る(4/7)

【あらすじ】
 病弱だった少年は、やがて成長し天津一の格闘家となるが、その傲慢さゆえに恨みを買い、家族に向けられた凶刃によって悲劇のどん底に落ちていく。いくつもの苦悩と、数知れない戦いの果てに、彼を待受けていたのは歴史に残る大舞台。史上初の異種格闘技戦だった。全世界から集まった屈強な男たち。会場に渦巻く興奮と野望。しかし、彼の胸にある思いは、勝者の栄光を掴むこととはまったく無縁の、静かにたぎる情熱だった…。
(goo映画より引用 公式HPはこちら

【監督】ロニー・ユー
【出演】ジェット・リー 中村獅童 スン・リー ドン・ヨン

【感想】
 この作品、実在の人物である霍元甲を主人公にしたものですが、かなり史実とは違う様で、そのせいかどうかは解りませんが、話の構成がステレオタイプ。それでも観ていて飽きが来ないのは、ひとえにジェット・リーの武術の凄さに尽きると思います。
 故に、

  ジェット・リーだけ観ていればいい。

 こういうのは言いすぎなのかもしれませんが、準主役の中村獅童がいまひとつ。この人、作品によって出来不出来の差が激しい人だと個人的には思っていて、今回は悪い方の中村獅童です。中国語のセリフなんか特に。うまく喋るだけで精一杯という印象を受けました。『力道山』のソル・ギョングと比べると差が歴然ですね。言葉というものは感情がこもっていないと流暢な喋りでも良くないという事です。
 あと、ラストの試合のシーンの出来が酷い。中村獅童にスタントを使うのは仕方ないとしても、

 それがひと目で解ってしまうのはど〜よ。

このへん、丁寧に作ってないなぁという印象を受けてしまいます。

【評点】50点
 「ジェット・リーがいいから」というだけですね、この点数。

【おまけ】
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2006年04月16日

『春が来れば』を観る(4/1)

【あらすじ】
中年主婦たち相手の市民講座でクラシック音楽を指導しているイ・ヒョヌ。トランペッターとして交響楽団のメンバーになる夢もいつしか色褪せ始め、酔えばつい親友のギョンスに苛立ちをぶつけてしまう。かつての恋人、ヨニは、新しい相手を見つけたらしい。
 ソウルの古びた一軒家から、ヒョヌと母親はマンションに引っ越す。何くれとなく心配し、小言をいう母親をつい煙たがってしまうヒョヌは、カンウォン道サムチョク市の中学校で音楽指導者を募集していることを知り、心機一転、その寂れた炭鉱の町に向かう。
 トゲ中学の吹奏楽部は、かつては全国大会で入賞したこともあったが、町の人口が減るにつれて部員も減り、学校の中でもお荷物のような扱いを受けていた。今度の全国吹奏楽コンクールで入賞しなければ、廃部になってしまう。
 トランペットを吹くのは、おばあさんと二人暮らしのジェイル。サックスのヨンソクは、ケニー・Gに憧れていて、付き合っている女の子もいる大人びた少年。意欲もなくやって来たヒョヌだが、次第に子供たちと心を通わせいく・・・。
オフィシャルHPより抜粋)

【監督】リュ・ジャンハ
【出演】チェ・ミンシク キム・ホジョン
    チャン・シニョン イ・ジェウン

【感想】
 私が観るチェ・ミンシクの映画というと、決まって彼はエキセントリックな役柄を演じていた。その彼がこの作品では至って普通の人間(といっても作品の冒頭では、ややドロップアウト気味ではあるが)を演じている。この役柄を演じて普通に見えるところが、この人の演技力の凄いところだと思う。作品は違うが『オールドボーイ』冒頭の酔っ払いの演技には衝撃を覚えた記憶がある。だって本当にただの酔っ払いにしか見えないのだから。
 作品自体は「ブラスバンド部の成長物語」を思わせる様な物語の流れなのだが、ブラスバンド部が活躍する場面というのは至ってあっさりしたもので、「成長物語」というより「ブラスバンド部の部員とその回りの日常」を丁寧に描いたという感じ。観た後は「感動」というよりも「ほんわか」といった印象を残す作品です。

【評点】60点
 ただ作品の性質上、カタルシスを得られる作品ではないので評点としては低くなりますね。インパクトもないので、正直「いいなぁ」で終わってしまう作品かと。
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2006年04月02日

『力道山』を観る(3/21)

【あらすじ】
 1945年、貧困生活を脱出しようと祖国を離れ、力士になるため単身日本へやってきた力道山だったが、日本人でなければ横綱になれないという現実をつきつけられ、絶望のなか、酒浸りとなる。ある日、屈強なプロレスラーから人種も国籍も関係なく世界と戦うことのできるプロレスの世界があることを教わり、単身アメリカへと旅立っていく。
(Yahoo!ムービーより引用 オフィシャルHPはこちら

【監督】ソン・ヘソン
【出演】ソル・ギョング 中谷美紀 藤竜也 萩原聖人

【感想】
 世のオバサマ方が『韓国を代表する俳優』といって想像するのは、おそらく『韓流四天王』と世にいわれるところのイケメン俳優達なのだろう。しかし、私が思いつくのはチェ・ミンシクやソン・ガンホ、そしてこの作品で力道山を演じたソル・ギョングである。

 ひとことで言ってしまえば、この作品は「ソル・ギョングの映画」である。彼なくしてこの作品は成立しないし、また、作られる事もなかっただろう。そう言い切ってしまう程、彼の演技というより作品の中での「生き様」は凄まじいものがある。
 
 よく言われているセリフのほとんどを占める日本語を自ら喋り、体重を28キロも増量し、吹き替えなしでプロレスシーンに挑む。これだけでも相当なものなのだが、これだけではあれだけの存在感は出せない。あれだけの存在感を出せるもの、それは彼の演技力の高さに尽きると思う。

 特に表情の豊かさには舌を巻く。解りやすい例でいうとパンフレットの中の彼の表情には同じものが2つとない。中には別人かと思ってしまうものまである。それ程、この作品での彼の表情はよく変わる。特に印象的だったのは力士を廃業し荒れていた時の生気のない表情と、プロレスと出会って何かを決心した時の表情。この2つの表情の落差を強烈に感じる事ができるから、観客は作品世界にのめり込む事が出来るのだと私は思う。正直、表情だけで感情の起伏を表現できる俳優なぞ、そんなにはいない。それが出来るからこそ、圧倒的な存在感を出すことが出来るのだろう。

 この作品はその存在感を感じるだけでも観る価値がある。そんな作品である。

【評点】75点
 話の構成としては、エピソードの羅列という感もあるにはありますが、ソル・ギョングがそれを補って余りある演技をしています。

 「たった一度の人生、善人ぶってる暇がどこにある」

 というセリフが印象的でした。

 あと、中谷美紀がこんなに演技が出来る人だとは思わなかった。この演技が出来るんだったら『演技派女優』としてやっていけると思うのだけど、それが出来ないのが日本の悪いところなのかなぁ、とも思ってみたり。
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